経営学研究者の卵の日常。

25歳。経営学の大学院に通う、研究者の卵です。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録です。神戸在住で北海道に住んでいました。

なぜ、研究するのか。

春休みにぼんやりと考えていたことを出来る限り言葉にしてみます。

 

僕は曲がりなりにも大学院で研究をしている身です。この2年間はできることも増えましたし(それ以上にできないことはあるのだけれど)、研究することの面白さを感じることもありました。

 

僕が修士課程の2年間で感じたことは、

何かを学ぶことで世界の見え方が少しずつ変わっていくということです。

 

論文や本をたくさん読むことで、昨日までには見えなかったものや注目してこなかったものを見つけることができます。

人間は、知るともっと知りたくなります。集めたくなります。

漫画を一冊読めば、続きが気になります。どんどんその世界に没頭していきます。

そして、知らなかった自分と知っている自分は必ず違います。

 

少し具体的に言えば、

学ぶことを

特定の知識によって分類が進むことや、知識を得る方法論を身につけることとするならば、

世界の見え方を更新するとは、

自分の好きなことの選択肢を広げ選べることや、自分なりの知識を得る方法を更新し続けることです。

 

そうやって、世界の見え方を更新していくプロセスこそが面白く、刺激的なのです。

 

だから、僕がなぜ研究をしているのかと聞かれれば、世界の見え方を更新しつづけたいからであり、そして、いずれこの面白さを他の人に伝えたいからです。

 

僕は自由になりたいし、自由になりたい人のために研究をしたい。

自由になるためには、動くことが必要です。世界の見え方を更新しつづけなければならないです。

自分の殻を破りたい人、垣根を超えたい人、特定の分野に収まりたくない人、好奇心がある人、刺激が欲しい人、じっとしていられない人、純粋な人、コンプレックスがある人、何かをこじらせている人。

そんな人に向けて、僕は僕の研究をしていきたいと思っています。

 

》自由になりたい人とは誰か

 

自由になりたい人とは誰なのでしょうか。

自由を感じにくいのは特に若い人かもしれません。

なぜなら、(僕は大人と子どもを分けるのは嫌いですが)大人は子どもにあれこれルールや規範を刷り込ませようと必死で、子どもにイニシアチブはないからです。

 

子どもは勉強をしろ。ではなぜ勉強をしなければならないのか。

 

僕は非エリートとしてのアイデンティティをわりと意識しています。

エリートは、勉強ができます。でも、できてしまうがゆえに、なぜできるのかを考えない傾向にあります。

 

非エリートである僕は、なぜできないのかを考えます。そして、できるようになるまでのプロセスに注目しています。

 

高校生までの勉強を好きな人はほとんどいないでしょう。苦手意識が強い生徒がほとんどです。

それは、いわゆる偏差値の高い大学を目指すための勉強が主流であり、偏差値以外の基準で進路を決める人はまだまだマイノリティだからです。

なぜ大学に行かなければいけないのか、なぜ進学校に進学しなければいけないのかを本人が考える環境はなかなかありません。だから、勉強をする気にはならない。

 

僕は、勉強の得意でない人に対して、どのように勉強すればいいのかという方法のみならず、なぜ勉強できないのかについてを一緒に考えたい。

 

そして、世界の見え方を更新することの面白さを共有したい。

いや、実は勉強じゃなかったらできているんだよ。好きなことだったら、没頭していることだったら実践していると思う。

それを他の分野に応用するだけ。なに、難しいことではない。

 

ひで