経営学研究者の卵の日常。

25歳。経営学の大学院に通う、研究者の卵です。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録、”研究を日常に落とし込むこと”が目的の日記です。神戸在住。北海道に住んでいました。食べることと、カッコいいものが好きです。

文系院生がしんどいと感じること

大学院生は、大学生でもなければ、社会人でもないので、社会的な立ち位置から考えると微妙なところに存在します。


そんな大学院生へのイメージってポジティブ・ネガティブ色々あって、

特に文系院生だと、
・そんなに勉強好きなん?
・オタクなん?
・就職失敗したん?
・教授になるん?

まあ色々聞かれるし、そういうイメージなんだろなと思います。

 

そんな文系院生が何をしんどいと思ってるのか、そんなテーマで書きます。

標題は「文系院生」としてますが、完全に個人的な雑記です。あと、こんな前置きするほどの内容を書くつもりもないです。

 

僕は今、経営学修士の2年目なわけですが、色々としんどいときはありました。というか、今わりとしんどさを感じているので書こうと思った次第です。

まだ論文すら書いてないのにもかかわらず、です。

 

精神的なものと言ってしまえばそれで終わりですが、もう少し具体的に書きます。

 

まずは学部までは実家暮らしで、しかも地元から離れて長期間生活をしたことがなかったのでそれがしんどいです。

 

ご飯とか家事とかのしんどさはもはやないですし、腹減ったら学食行けばいいだけなんでしんどくはないのですが、

しんどいのは、周りに誰もいないことです。

話し相手となるのはネコくらいですね。

ちなみに、ネコにはよく会うのでとても大事な友達です。

 

周りに誰もいないというのは、まあしんどいです。でも僕はわりとポジティブ人間なので、この時間は大事だと思っています。

 

周りに誰もいないということは、つまり、気軽には助けを求められないことを言います。

周りに誰もいないということは、気晴らしに誰かと飲みに行ったり、ご飯したりできないことを言います。

周りに誰もいないということは、しょーもないくだらない話し相手もいなければ、気軽に真剣な話が出来ないことを言います。

 

今なんかは電話やラインなんかで代替できますが、直接的なやりとりはそうそうできません。

 

僕だけでなくて、結構周りに誰もいないって感じてる院生は多いと思います。

 

大学院生の同期が少ない、昔からの理解者がいないってのは要因としてありそうです。

 

しんどい理由は 

周りに誰もいないだけでなく研究活動の性質もあるでしょう。

 

これは仕事との対比で考えています。

研究と仕事の違いは色々ありますが、

基本的な大学院生の研究活動は、給料が発生しない、個人プレーという2つが考えられます。

 

給料は置いておいて、

個人プレーというのは、人のせいにはできないということです。

 

つまり、

研究が上手くいかないのは、指導教諭のせいでもなければましてや先輩のせいでもありません。

全て自分の能力・努力不足です。あるいは、そう認識せざるを得ないから、個人プレーなのです。

 

周りに誰もいない、かつ、研究活動は個人プレー。

これが、文系院生がしんどい理由です。

 

仕事をしている社会人だと、

飲みに行って、仕事の愚痴(誰かを対象とした言い訳)と愚痴を聞いてくれる人が存在します。

 

一方で、研究はその性質上、

飲みに行っても愚痴を言えません。

つまり、自分の至らなさに免罪符はなく、さらには、それを告白する相手も存在しません。

救われることは絶対にあり得ない状況なのです。

ゆえに、「周りに誰もいない」と感じ、しんどいのです。

 

まあ、こうやって回りくどく書いたはいいですが、こんなのいちいち気にしてたらキリがないので鈍感に過ごすこととします。

 

僕は、しんどいにも関わらず、この時期が重要だと思っているのは、ひとつの理由があるからです。

それは、「本当の自由を獲得するためには永遠の孤独を完成させるんだ」という蜷川幸雄カリギュラに喋らせた言葉が好きだからです。

 

そして、この自由な時間の経験は、やがて誰かのためになると思っています。

 

ハナから救いを求めてるようじゃ研究活動はできないでしょうね。報われることなんかほとんどないですし。

以上、現場からでした。

 

ひで