経営学研究者の卵の日常。

24歳。経営学の大学院に通う、研究者の卵です。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録、”研究を日常に落とし込むこと”が目的の日記です。神戸在住。北海道に住んでいました。食べることと、カッコいいものが好きです。

久しぶりの議論なので、メモしておきます。

僕は、面白いと思ったり、やりたいと思ったり、好きなことを仕事にすべきだという価値観を持っています。

 

また、僕は「自由人」的な立場に立脚していると感じるときがあります。

サラリーマンと比較すると、何かに縛られているという感覚はない方だと思います。

 

そんな僕は、今日研究室の使い方についての議論に参加しました。

研究室は、M1の人(40人くらい)が利用し、各自の机はパーテーションで区切られています。

基本的には、図書館のように、みな黙々と自分の研究や課題に取り組んでいます。

 

そこで、多少同期と研究の話をしながら研究をしたい派と、一人で研究に集中したい派に分かれたのです。 

「そもそも、研究室はなんのためにあるのか?」

「一人で作業するためなのか?であるならば、議論をすること(声を出すこと)はいいのか?」

そんな議論をしました。

 

僕は、一人で黙々と集中したいと思っていました。しかし、違う立場の人もいることがわかりました。

 

結局、明確なルールや制度は決めずに収束しました。

 

僕がこの一連の議論を通して思ったことは、

僕がやりたいように(気持ちよく過ごしたいように)自由にすることで、

誰かが不自由になるのは嫌だなということです。

 

今回の場合、自分の意見を強く主張するならば、「私語厳禁、音を立てるな」と言いたいのです。

しかしながら、この意見を制度化することで、誰かが不自由してしまうのであれば、

僕は嫌だなと思うのです。

 

「声を出して話したいのであれば、他の場所で話をすればいいじゃないか」

とも言えるけれど、それは同時に、

「静かな図書室に行けばいいじゃないか」と言われることと同じロジックなので、

結局結論は出ません。

 

この議論の目的は、制度を決めることではなく、

「利用者が共有スペースで快適に不自由なく自分の研究に邁進すること」

にあります。

したがって、制度を決めることで誰かが不自由だと感じた瞬間、議論は破綻するのです。それに、お互い過剰に気を遣うのは快適とは言えない。

 

今回のこの議論の成果は、

利用者の立場を明確にできたことです。

 

非常に日本人的ではあるけれど、

あえて制度を明文化しないことで、研究室という共有スペースの使い方を各自が考え続けると思います。

また、今回の議論で、相手の立場を明確にしたことで、研究室は自分だけのものではないという意識が高まったと思います。

研究に悪影響を及ぼさないためにも、こういうコンフリクトはどんどん起こすべきだと思いますね。

 

大きな炎になってからじゃ遅い。

小さな火のときに、めんどくさがらずに議論しよう。

 

ひで