経営学研究者の卵の日常。

24歳。経営学の大学院に通う、研究者の卵です。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録、”研究を日常に落とし込むこと”が目的の日記です。神戸在住。北海道に住んでいました。食べることと、カッコいいものが好きです。

日常と非日常をどう考えるか。

日常と非日常を分けて生活してる人に対して、何で分けるんだと思っていました。

わりと今でもそう思います。

日常と非日常を分けるから、しんどくなるんだと思っています。

例えば、仕事を忘れたいからプライベートを充実させる、とか。

 

前は、だったら仕事を充実させろよ、と思っていました。

でも、この違和感は、努力しろよなんて感情論で終わらせてはいけなくて、

仕事が充実できない理由がそういう人にはあるんだろうなと今なら思います。

逃避行したくなる気持ちも今ならわかります。逃げたくなるときあるよねって思います。

 

もう少し考えると、

なぜ仕事とプライベートを分けて考える(考えようとしている)人がしんどいのかというと、そもそも分けられないからだと思っています。仕事がしんどかったら、プライベートにも影響します。

 

人的資源管理論の言葉を使うなら、仕事とプライベートは、スピルオーバーします。仕事で嫌なことがあったら、家庭に持ち込むこともあります。逆もしかりです。夫婦喧嘩したら、仕事が憂鬱になる場合もありますよね。

 

旅行に来ているのに、仕事のことを考えてしまう、とかもそうでしょうね。

それって、全く変なことではなくて、日常を充実させたいと思いたい自分がそこにいる気がします。

つまり、そう簡単に仕事とプライベート分けることはできないのです。いや、もちろん中には器用な人はいますが。

 

理想論でしか語り得ないですが、やっぱり僕は仕事を充実させたいと思っています。

社会的にもこれからそういう風潮がどんどん強まると思います。

日常と非日常の問題は、二項対立の関係ではなく、表裏一体で、どちらかという選択の問題ではなくて、一緒くたに考えることが必要なのだと思います。

くどいですが、日常と非日常の垣根はとっくに自分の中ではなくなっている可能性があるのです。

そう考えないと、根本的な自分の生活における問題解決にはならないと思います。

 

一時的な非日常へのエスケープはいいと思います。でも、それで誤魔化しきれない感情が自分の中にあるとするならば、やっぱり自分の日常と向き合うしかないのでしょうね。

 

てなことを、この記事みながら、ぼんやりと思いました。

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ひで