経営学研究者の卵の日常。

92年生まれ、経営学の大学院生。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録。神戸在住で北海道に住んでいました。

bananaman live 2019 S (バナナマンライブ)をライブビューイングで鑑賞した感想。

今年のバナナマンライブはライブビューイングが初めて行われ、

昨日、僕も初めてリアルタイムでライブを鑑賞することができました(@TOHOシネマズ梅田)。

バナナマンライブは東京・俳優座劇場で毎年夏に行われ、毎回大変高い倍率でチケットが取れません。ライブビューイングも落選された方がいたそうです。

 

stellacasting.jp

 

僕は高校生から10年以上バナナマンのファンであり、TBSラジオのバナナムーンGOLDポッドキャストを中心に聴いてきました。

ただ、最近はあまりラジオを聴けていなかったので、少し予習不足でした。

 

そんな僕が記憶がフレッシュなうちにバナナマンライブ感想を殴り書きます。

あくまで僕の主観に基づく解釈です。

 

今年のライブのタイトルは「S」でした。

歴代のライブの中で最も短いタイトルです。タイトルの意味についても後ほど書きます。

ここからは軽いネタバレを含みます。

 

 

 

はじめに、なぜバナナマンライブは下ネタが多いのにスタイリッシュに見えるのでしょうか?

 

まず、Sの衣装にも注目すると、今回は特にフォーマルな格好(スーツ)が多かった印象がありました。

ライブのポスター(スーツの格好)と同じポージングからコントが始まり、最後の結婚式のコントでもスーツの格好でした。

無論、カジュアルな格好よりもフォーマルな格好の方がスタイリッシュさを醸し出しているといえます。

 

スタイリッシュに見える理由は衣装だけではありません。

今年に限らずバナナマンのネタの特徴の1つは田舎的ヤンキー感にあります。

田舎的ヤンキーとは、家族や仲間を大事にし、都会への憧れがあり、童心を持ち続けている純粋で、少しバカな人です。

設楽さんはそんなヤンキーを演じるのがとても巧く、Sでも演じていました。

田舎的ヤンキーは一見するとバカで恐いのですが、仲間を素直に大事にする純粋さを持ち合わせています。

ただ、トラブルや不条理から逃げる弱さもあり、子どもから大人にならなければならないという心理的な葛藤を抱えています。

観客はそんな田舎的ヤンキー感のある設楽さんに共感し、感情を揺さぶられるのです。

 

特に圧巻なのは最後の結婚式のネタです。

最後のオチの余韻・余白の残し方に圧倒されました。

もし、新婦の兄の友達を演じる設楽さんが日村さんに結婚式をやめさせていたらどうなっただろうかという想像を促されました。

この感情の揺さぶり(コントではぐちゃぐちゃと表現されていました)は、Sのテーマとして一貫していました。

このぐちゃぐちゃ感がバナナマンバナナマンたらしめており、スタイリッシュに見えるのです。 

 

さらに、Sでは下ネタが例年のライブよりも多く散りばめられていました(幕間のやり取りや日村さんの裸など)。

下ネタは下品で幼稚な表現としてコントやライブの世界観を低俗なものにしてしまうリスクもあります。

しかし、バナナマンライブの下ネタはスタイリッシュさを減らすものではなく、むしろ効果的な演出効果として機能しています。

下ネタは前述の田舎的ヤンキー感の世界観とマッチし、下ネタに対して純粋な気持ちで楽しんでいる彼らに巻き込まれていくのです。

ゆえに、下ネタは決して笑いを簡単に取るために安易に用いられているではなく、観客が彼らの世界観に入るための手段として扱われているので低俗なものにはならないのです。

 

まとめると、

今年のバナナマンライブSは、衣装・舞台装置のフォーマルさ、ラストネタの余白の残し方、設楽さんと日村さんの世界観と下ネタのマッチ、それらをコント全体で一貫させた完成度の高さが際立つ、ここ数年で最も洗練されたライブでした。

 

何より、映画館にもかかわらずライブの最後には拍手が起き、大阪でも爆笑だったことがその証左でしょう。

 

ちなみに、Sというタイトルは一文字ゆえのシンプルさと意味の多義性があります。

タイトルの削ぎ落としは余計な無駄を排除することを意図したものでしょう。

そして、Sの意味は下ネタのS、サディストのS、そしてコントを演出している設楽さんのSでもあると思います。

 

最後に、バナナマンは毎年のライブでのコントを通じて、彼ら自身が田舎(設楽さんは秩父、日村さんは相模原育ち)から都会で活躍しているというサクセスストーリーを背景にしながら、田舎で過ごした少年時代へのある種の郷愁に近い、ハートフルなフィクションを長きに渡って構築し続けているのです。

 

ひで