経営学研究者の卵の日常。

92年生まれ、経営学の大学院生。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録。神戸在住で北海道に住んでいました。

生産者になるべき理由、大きく言えば働く理由

僕は毎日誰かが生産したものを消費していて、

ご飯も基本的に外食だ。スーパーでは大手のメーカーが生産したものを買っている。

映画や本やYouTubeだって誰かがつくったものを観ている。

 

このように、僕は生産している量よりも消費している量の方が圧倒的に多いのであるが、

逆に、論文執筆やTwitterでのつぶやき、インスタへの投稿といった行為はある意味で生産していると言える(需要は限りなくゼロに近いかもしれないが、それについてここでは議論しない)。

 

曲がりなりにも論文を書いたり、文章を書いたりして発信する、いわば生産作業をしていると、生産者の視点を少し理解できる。

これは高校までの学校教育ではなかなか獲得できない視点である。

 

消費者は最終的なアウトプットのみを享受する。そのため、消費者に届くまでのプロセスはブラックボックス化されてしまう。

子どもたちはYouTuberになりたいと言うが、それは、子どもたちがYouTuberの楽しそうな姿しか観ていないからである。

YouTube上にアップロードされるまでに様々なものが削ぎ落とされている。

それは良く言えば努力なのかもしれないし、悪く言えば生産者にとって都合の悪い部分は削除される。

 

また、プロならば商品の質を下げてしまう要素や、消費者にとって不都合があることも削除されるかもしれない。

 

このように、生産物はあらゆるものが生産者によって恣意的に削ぎ落とされて、我々の手元に届く。

これはやはり、一度何かを生産してみないと分からない。

 

そしてどんな形であれ、生産者を経験することで、

消費者として振る舞う際にも生産の背景を知ろうとしたり想像したりするはずである。

 

さらに、生産者を経験することは情報リテラシーを高めることにもつながるかもしれない。

すなわち、情報の発信者が誰であり、どのような意図があるのかを想像する訓練にもなるのではないだろうか。これから、この辺をもう少し考えてみたい。

 

ひで