経営学研究者の卵の日常。

25歳。経営学の大学院に通う、研究者の卵です。基本的には自分の頭の中の整理と備忘録です。神戸在住で北海道に住んでいました。

日本対ポーランドについて

ワールドカップ、日本対ポーランド戦について僕の意見を書き留めておこうと思います。

 

まずは状況とルールの確認。

日本は引き分け以上で決勝トーナメント進出が決まります。しかし、1点ビハインドだったため、後半の途中まで1点を取ろうとしていました。

一方、コロンビア対セネガルは、コロンビアが後半29分に1点を先取しました。

この状況だと、日本はセネガルと勝点、得失点、得点数も同じ、さらに、直接対決でも2−2の引き分けだったため、フェアプレーポイントで判断がされることになります。

 

ワールドカップやその他の国際大会や日本の大会でグループリーグを戦う際、勝点が同じになることは多々ありますし、大体は得失点差ないしは総得点で順位が決まる場合がほとんどです。

また、今回のフェアプレーポイントというのは、国際大会で初めて導入された基準です。

よって、フェアプレーポイントでのグループリーグ2位の決定は、極めて稀な状況だったと言えるでしょう。

 

さらに、試合の途中でしたので、状況が変わる可能性がありました。もし、セネガルが同点に追いついた場合、日本は同点に追いつくことが絶対条件になります。

また、日本が2失点目をしてしまった場合、または、ファール(イエローカード)をもらってしまった場合、日本は決勝トーナメント進出はできなくなってしまいます。

 

以上の状況整理をふまえて、西野監督は「これ以上の失点や不要なイエローカードは防ぎたい」「ただ、残り5分〜10分でセネガルが同点に追いつくことはあるのだろうか」という葛藤と思考をしたと考えられます。

 

西野監督の決断は、このまま0−1で試合を終わらせることでした。

西野監督は後半37分にサイドハーフの武藤を下げ、ボランチの長谷部を投入します。

この交代は、西野監督が守備をしろという意図があったことが分かります。この意図は観ている僕らにも伝わりますし、選手たちにも伝わります。サッカーにおける選手交代は、広いピッチに向けて監督の意図を伝える手段でもあるのです。

その意図が共有され、長谷部投入後、日本はボールを保持し、いわゆる時間稼ぎをします。これはサッカーではよくある、有効な戦略です。

ただ、この時点で日本はコロンビア対セネガルの結果次第という条件付きの戦略を選択したことになります。

 

この戦略の解釈が賛否両論だったのです。

 

僕の意見は、西野監督の意思決定は、英断だったと思います。 なぜなら、日本が決勝トーナメントに進出するために最も確率の高い選択だったと思うからです。

日本が1点を取るよりも1点を取られない方が確率が高い。

ポーランドはグループリーグ敗退が決まっていたため、もう1点を取るインセンティブがない(ポーランドは1−0で勝っているのだから)。ゆえに、時間稼ぎをしたところでポーランドが執拗にボールを奪いにくることはない。

 

状況から判断すればこの決断は日本が決勝トーナメントに進出するために最も合理的な選択だったと言えるでしょう。

 

しかし、ここで違和感があるのは、それで観ているサッカーファンは楽しいのか?最後まで戦うことがプロじゃないのか?など、感情や美学に関することです。

 

僕は、美学や感情をひっくるめても、今回の時間稼ぎという選択は良かったと思います。

 

先述の通り、時間稼ぎはサッカーではよくありますし、ルール違反でもありません。監督、選手が、ルールに則って確実性を高めて勝ちにいく選択をしたことは、僕は素晴らしいと思います。見苦しいとは思いません。

 

点を取りに行かないサッカーは確かにつまらないです。でも、今回はやる気がなかったり、諦めたわけではなく、決勝トーナメントに行きたいという強い意志と目的がありました。これは大きな違いです。

 

それに、スペインやアルゼンチンのような華麗なパスで美しいサッカーをすることだけが美であると僕は思いません。

また、前回大会優勝のドイツがグループリーグで敗退したように、ワールドカップはそんな美学で勝てるような甘い世界ではありません。

 

サッカーにおける美学(ポリシー)のことを少し述べます。

ブラジルを筆頭とする南米のサッカーには、マリーシアという言葉があります。

マリーシアは、ポルトガル語でずる賢いとか狡猾なといった意味です。

審判の見えないところで相手のユニフォームを引っ張ったり、時間稼ぎをすることはマリーシアです。サッカーにおける相手との駆け引きの1つです。

マリーシアをすることは、南米サッカーでは善とされています。

 

また、韓国サッカーはファールをしてでもデュエルに勝つという気迫があります。

 

一方で日本ではルールを破ることはタブーであり、また、たとえ審判に見つからなかったとしてもタブーであるとされます。

日韓ワールドカップのときに日本代表監督だったフランス人のトルシエさんは、日本人は誰もいないのに赤信号で止まることに驚いたと言います。それくらい日本人はルールを守ることが当たり前であり、それがある種の美学だと思っています。

 

ゆえに、日本サッカーではマリーシアのようなときにルールを破るようなプレーは苦手とされてきました。

しかし、今回に限ってはそれが功を奏しました。

ルールに則り、むしろルールを積極的に最大限利用した戦略だと言えます。

ここに日本のある種の美学のようなものが見えました。

そして、僕はスポーツはルールがあるから面白いということを実感できました。

 

以上より、繰り返しになりますが、僕は今回の監督の意思決定および選手の理解は英断であり、美しかったと思います。

なぜなら、そこに日本らしいサッカーがあったと思うからです。

 

ひで